成人男性の薄毛の悩み、その実に90%以上を占めると言われているのが「AGA(男性型脱毛症)」です。AGAは、単なる老化現象ではなく、特定のメカニズムによって進行する疾患(病気)です。このメカニズムを正しく理解することが、あらゆる薄毛対策の出発点となります。AGAの発症には、主に二つの要因が深く関わっています。それは「遺伝」と「男性ホルモン」です。まず、男性ホルモンの一種である「テストステロン」は、それ自体が直接薄毛の原因になるわけではありません。問題は、このテストステロンが、頭皮に存在する「5αリダクターゼ」という還元酵素と結びつくことで、より強力な男性ホルモンである「DHT(ジヒドロテストステロン)」に変換されてしまうことにあります。このDHTこそが、薄毛を引き起こす最大の元凶です。生成されたDHTは、髪の毛の根元にある「毛乳頭細胞」の受容体(アンドロゲンレセプター)と結合します。すると、毛乳頭細胞は「脱毛因子(TGF-βなど)」と呼ばれる、髪の成長を妨げるシグナルを放出します。この脱毛因子が、髪の毛を作る工場である「毛母細胞」に「もう成長しなくていい」という誤った指令を与えてしまうのです。その結果、髪の毛の成長サイクルである「ヘアサイクル」が著しく乱れます。健康な髪は、通常2年から6年という長い「成長期」を経て太く長く育ちますが、DHTの攻撃を受けた髪は、この成長期が数ヶ月から1年程度にまで短縮されてしまいます。髪は十分に成長する時間を与えられず、細く短い産毛のような状態(軟毛化)のまま、抜け落ちてしまうのです。このサイクルが繰り返されることで、徐々に薄毛が進行していきます。そして、この「5αリダクターゼの活性度」と「男性ホルモンレセプターの感受性の高さ」は、遺伝によって親から子へと受け継がれます。これが、AGAに遺伝が大きく関わる理由です。AGAは、放置すれば確実に進行します。しかし、このメカニズムが解明されたことで、DHTの生成を抑制する医薬品など、効果的な治療法も確立されています。原因を正しく知ること。それが、薄毛という長年の悩みから解放されるための、最も確実な第一歩なのです。